恋愛と贅沢と資本主義
『経済論戦は甦る』の祖の祖?
ゾンバルトはかのマックス=ウェーバーと並び称されたいわれるドイツの経済史家である。ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において近代資本主義成立の礎をカルヴァン派の世俗内禁欲に求めた。一方ゾンバルトは、本書のタイトルの通り、資本主義発展の起源を恋愛と奢侈に求めた。ウェーバーが先の『プロ倫』の注においてゾンバルトの批判に反批判していることはよく知られる。ウェーバーの言い分は、ゾンバルトの資本主義が文明発祥から存在する「営利主義」を意味しているのに対し、ウェーバーの資本主義が合理的経営を特徴とする「近代資本主義」を意味しているということだった。
この反批判の適否はともかく、二人の立場の違いは資本主義の供給面と需要面どちらを重視?!??!!るかの違いであろう。というのも、ウェーバーが世俗内禁欲による資本の蓄積というサプライサイドを問題にするのに対し、ゾンバルトは貴族の奢侈というデマンドサイドを問題にしているからだ。二人の論戦が供給面を重視する側と需要面を重視する側との間の現在まで続く論戦に類比できるように感じてしまうのは少々飛躍が過ぎるだろうか?。
オートクチュールと不倫の要因は、フランスの宮廷にある・・・。
私たちの生活を突き動かすのは、禁欲か贅沢か.
M・ウェーバーが資本主義成立の原動力を精神的な禁欲に求めたのに対し、19世紀フランスの宮廷恋愛という題材を用いて、著者は贅沢にそのエンジンを求めます.贅沢は、セックス、不倫、買売春と深く結びついて、どのような社会を形成していったのでしょうか.
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